スペシャルインタビュー 2:Shun Nokina(SND、Leqtique、L')
現在、Leqtique、L'を牽引する、業界のカリスマとまで言われた真の鬼才・エフェクタービルダー、Shun Nokina氏は、「何かを作るためには自身の人生すらも作り変える」と断言してみせる。その氏が内に秘める、エフェクターを作ることへの絶大な情熱の源を解く。
- 2018年 10月 Shun Nokina氏の工房にて -
ーShun Nokinaとは ー
ー まず、Nokinaさんがエフェクターに興味を持ち始めたのはいつのことでしょうか?
Shun Nokina(以下、SN):2003年から2004年、17~18歳の頃です。
ー なにがきっかけでエフェクターを作り始めたのでしょうか?
SN:高校の音楽の授業である時、アコスを使った授業が始まったんですよ。でも、その時はギターが全然弾けなくて、最終的に行き着いたのは薄いウルテム素材のピックを巻弦に擦り付けて、その粉をサウンドホールに落とす遊びだったんですよ(笑)。
ー こ、粉?(笑)
SN:もしかして、もうインタビューの文字起こしが心配になってます?(笑)。でも、ちゃんと後の話に繋がるんで、安心して聞いてください。その遊びをしていた時に、たまたまサウンドホールを覗き込んだことがあって、そこにはピエゾPUと配線が入っていたんですよ。「なんだこれは?」となって、続いて友達のエレキギターのキャビティを開けてみたんですよ。そうしたら中には色々な電子部品が入っていて、それを見たのが原体験ですよ。
ー 粉の話が長く続かずに安心しましたよ、本当に(笑)。
その原体験の後、エフェクターを作り始めたのはいつからですか?
SN:その後に楽器屋の正月セールで自分のギターを手に入れて、大学に入った頃にはギターがある程度は弾けるようになっていて、ギターを改造したりもしていたんですね。そんな時にLandgraffの Dynamic Overdrive が良いらしいという噂を聞いて、しかし、それが79,000円もすると。じゃあ、それを作ってみるか、というのが始まりですね。その後は毎日ギャレットオーディオ(著名な電子部品の通販サイト)ですよ。
ー なるほど。では、一番最初にエフェクターブランドを立ち上げたのはいつでしょうか?
SN:Shun Nokina Design(以下、SND)を立ち上げたのは大学2年の時だから、2007年ですね。
ー どうやってエフェクター製作に関する知識を得たのですか?
SN:僕は物理学を専攻していたのですが、電子回路の基礎を知りたかったので、同じ大学の電子工学のテキストを読んで勉強しましたよ。あとは神保町(東京都)の古本屋で昔の電子回路の参考書、オーディオに関する本を買って勉強していましたね。FETの動作原理とか、OPアンプに関するなんとか、とか。
ー Nokinaさんのキャリアの最初に発売したエフェクターとは、どんなものだったのでしょうか?
SN:SNDの Maestro Antique というエフェクターですね。
ー 当時、そのエフェクターはどんな評価を得ましたか?
SN:ミニサイズのエフェクターって今でこそ普通ですけど、その当時はほとんどなかったんですね。Maestro Antique はミニサイズなのにノブが3つもあるということで注目を集めましたし、パーツはLandgraffと同クラスのものを使って、回路はTS系、そして価格は14,800円。世間に浸透させるには十分な内容だったと思います。その後、色々な要素を入れた Redemptionist というディストーションを39,800円という価格で勝負させて、それも評価が得れた。その時点でビジネスとして完全にテイクオフしたと感じましたね。ほとんど誰もやっていなかったミニサイズというコンセプトが、その当時はよほど強力だったんでしょうね。
▲シリアルナンバー#15という、特に初期の個体であるSNDのRedemptionist。現在では主流となったミニサイズの筐体に4つのノブを組み込んだエフェクターは、当時としては革命的なものであり、Shun Nokina氏の技術力の高さの象徴となった。
ー その時、Nokinaさんはおいくつだったのでしょうか?
SN:Maestro Antique を出したのが19歳の時で、Redemptionist は20歳の時ですね。
ー その19歳の時から、エフェクター製作を職業にしようと考えていましたか?
SN:一番最初でいえばまだそうは思っていませんでしたが、Redemptionist を出した時点ではもうやっていけると考えて、大学を辞めました。
ー その当時、同じようにエフェクタービルダーを目指すような人は他にいましたか?
SN:いや、いませんでしたね。自作品を売っている人はいましたけど、そういった人たちは他に本業がありましたし、今はもう活動していません。僕はエフェクターが売れて収入になって、それが数ヶ月続いた時、その連続性を疑わなかった。なぜなら、若かったから(笑)。でも、売れなかった月があったとしても、その当時から翌月には立て直すバイタルとアイディアがあったので、ずっと職業として続けることができましたね。
ー その当時にエフェクタービルダーは少なかったということですが、今は逆にNokinaさんに影響されているエフェクタービルダーも多いように感じます。そのことについて、何か思うことはありますか?
SN:いや、そんな人はいませんよ(笑)。
ー 例えば、Nokinaさんがキャリアの初期から使っているPRP社の抵抗や、導電性高分子アルミ個体コンデンサーは、現在の日本の多くのビルダーが使っていますよね。それはNokinaさんがもたらした影響に思えますが...?
▲Roger Supremeの内部。真っ赤なボディが特徴である米PRP社のオーディオ用金属皮膜抵抗と、その奥にある周波数特性、温度特性に特に優れた導電性高分子アルミ個体コンデンサー。どちらも特に高価格帯の電子部品である。
SN:確かに、「あのブランド、Leqtiqueのフォロワーっぽいな」みたいなことを言われたこともありますよ。でも、僕だってLandgraffのフォロワーだし(笑)。良いものは使われるべきですよ。ただし、誰もが自分だけの“何か”を見つけるべきだし、見つけられるはずだと思っています。
これは個人的な話ですが、僕は現時点では「なになにのようなエフェクター」とか、「だれだれのような音」とかを目指さないんですね。エフェクターの表面に文字を何も印字していないのも同じような理由です。
ー その理由とは?
SN:「なになにのようなエフェクター」とか、「だれだれのような音」って、正解が決まってしまいますよね?そうではなくて、僕はみんなにもっと自由にエフェクターを使って欲しいんですよ。ノブも自由に回して欲しいので、そのコントローラーの名前を印字していないんです。Leqtiqueのエフェクターを予想外の楽器で自由に使ってくれている人を見ると、エフェクターを作っていて良かったなと心底思いますよ。
▲Leqtique初のエフェクターとなったMaestro Antique Revised(左)と、第二作目であるMaestoso(右)。
ー Leqtiqueのエフェクターの表面に文字の印字がないのはそういった理由からだったんですね。そのLeqtiqueはNokinaさんにとって第二のキャリアだったわけですが、それはどんなスタートだったのでしょうか?
SN:Leqtiqueはスタートアップの段階でビジネスを見ていたんです。やっぱり、お金を作るっていうことは人のために動かないと無理だから、SNDと違って他人のことを考えるようになったんでしょうね。エフェクターを作るにしても、仲間に手伝ってもらうようになっていたので、よりシンプルな構造にする必要があった。すると、ビジネスモデルとして洗練された。だけど、あくまでも手作業で作るという、日本人らしい気質ともいうべきものが残っていたから、受け入れられたのかもしれないですね。
ー Leqtiqueのブランドコンセプトを一言で表すとすれば?
SN:うーん..... 時期によって変わりましたね。最初は低価格、高品位パーツということでスタートしましたけど、だんだん回路のオリジナリティということに移り変わっていきました。最初の Maestro Antique Revised やMaestoso は既存回路のモディファイでしたが、9/9、11/11、CLHDとかはベースになるものがない、完全なオリジナル回路ですから、そういったものに焦点を当てるようになってからは、当初のコンセプトだった低価格で高品位パーツやハンドメイドなんて当たり前だよね、っていう感覚になりました。
ー では、現在進行形のコンセプトはオリジナリティということでしょうか?
SN:オリジナリティです。音と回路の2点で。
ー Leqtiqueのエフェクターはどんな場所で作られているのでしょうか?
SN:場所は北海道の札幌市です。長い間、関東圏で暮らしてきましたが、最近は住む土地の選択が自分の生み出すものに直接的な影響があることが解り、良いものを作るということにフォーカスを当てたいのなら、自分が正しいと思う土地にいるべきだと考えるようになって、札幌に引っ越しました。
▲Leqtiqueの工房は北海道 札幌市の中心から少し離れた場所に位置する。塗装から組み込み、出荷まで、全てこの場所で3~4人のチームによって行われている。
ー その正しいと思う土地が札幌なんですね。
SN:そうです。僕の考えでは札幌は日本ではないですし、世界中の都市の中でトップ3に入ります。
- Shun Nokinaに選ばれるコンポーネンツ -
ー Leqtiqueで採用されるパーツについても聞かせてください。まず、Nokinaさんはそのキャリア初期からパーツにこだわりの強いビルダーとして知られていますが、実際にNokinaさん自身もそう思いますか?
SN:パーツに対するこだわりが今では自然になっていて、昔とは違うかもしれません。例えば、今になって素晴らしいラジアル型の電解コンデンサーが発売されたとします。「では、今からそれを良質なアキシャル型のオイルコンデンサーと並べて比較しましょう」、なんて気持ちにはもうならない。なぜなら、原理的にアキシャル型のオイルコンデンサーを超えるはずがないと自分で決めつけてしまっているからです。昔は何か新しいものが出るたびに、ああでもないこうでもないと言いながら試してましたけど、そういったことをしているかどうかがパーツ好きの定義なんじゃないのかな、と思います。僕はもうその域にいなくて、良いものをすでに見つけてしまっている。本当に良いものがあれば別ですけどね。
ー その本当に良いものというと、例えばどんなものになるのでしょうか?
SN:近年でいえば、MLCC(コンデンサー)がそうでしたね。あの小さなサイズで10μF、22μFという大きな容量値は昔ではありえない話でしたから。昔はSPRAGUEの150D、173Dなど、音の良い小さなサイズのタンタルコンデンサーは非常に有益でしたが、今では極性の違いで壊れる心配のないMLCCがさらに小さいサイズで存在しているわけですから、そういったパーツは今後も採用していきたいですね。あとは、SMDタイプ(※表面実装型、チップ型と呼ばれる、機械実装が可能な極小サイズの形式に収められた電子部品)の積層フィルムコンデンサーですね。ものすごい小さいのに耐圧も高く、大きな容量値もある上に、基板に完全に固定される分、振動特性が良いんです。すると、結果的に音が良いわけですよ。そういったテクノロジーの進歩から生まれるものは採用しようと思いますが、何年代のあのコンデンサーがどうのこうのってことはもうしないでしょう(笑)。
▲画像中央にある青い部品が、小型でありながら非常に高い定格、容量値をラインナップする、MLCCという種のコンデンサー。そのサイズとラインナップがShun Nokina氏の設計に大きな自由を与えた。
ー なるほど(笑)。
SN:ただ、それがパーツ好きの一つのベクトルでしょう? 僕も以前はそうだったし。でも、LENZの線が良いとか、Cornishの線が良いとか、そういったことはもうやらない。それよりもテクノロジーの優位性に触れたい。昔はSMDパーツよりもリードパーツ(※足のついた一般的な形状のパーツ)の方が絶対に音が良いと言われていましたし、僕もそう思っていましたから、SMDパーツで作られたエフェクターの基板を見ても「こんな安っぽいエフェクター買えるか!」なんて思っていたんですが(笑)、もう歴史は変わったんですよ。今では主要なFETはSMDパーツでしか販売されていませんし、OPアンプはDIPよりもSOP(SMD型)の方が特性が良いって結果も出ているんです。僕はそういったものを追いかけたい。
ー 配線材と言えば、Leqtiqueのエフェクターは配線材もオリジナルであると聞いたことがあります。まず、いつからその配線材を使っているのでしょうか?
SN:そうですね、オリジナルです。作ったのは僕が24歳くらいの時だったので、2012年とかでしょうか。
ー 24歳にしてオリジナル配線材を...。いったい、どのような配線材だったのでしょうか?
SN:昔、Providenceから発売されていたもので、半透明の青色と白色の配線材があって、僕はそれが大好きでギターの内部配線とかに使っていたんですね。ただ、それが確か30AWGだったか、もしくは42AWGだったかな、とにかくそういった細い線の撚線(※細い線を複数撚って作られる配線材)なんです。それをホール径が1φとかの基板に挿すと、入り切らない細い線が1本くらい飛び出ちゃうんですよ。かといって、呼びハンダをすると線が太くなっちゃうからやらないし。まぁ、みんな経験したことがあると思いますが。その飛び出た細い配線材がゆくゆくは隣の部品に当たって悪さをするんですよ。それが嫌だったんで、昔から撚線より単線(※1本の太い導体を被服で覆って作られる配線材)が好きだったんです。
ー 解りますよ、その気持ち。
SN:そうなると、Western Electricなんかの単線を使うわけですが、あれが折れるんだわ、とにかく(笑)。
ー はい(笑)。
SN:Western Electricの撚り線は撚り本数も丁度良くて、強度も高いので良いのですが、24AWGなんて太さは究極にレアなわけですよ。僕も3mくらいしか持ってませんから。そうなると、自分で作るしかなかったんですよ。まず、単線で切れないもの。外被は音も耐熱性も良いテフロン、導体には5Nの銀メッキ、そしてProvidenceの配線材のようなルックス。自分の理想のスペックを作った、という感じです。
▲Leqtiqueのオリジナルワイヤー。99.999%という高い純度の銀でメッキされた導体が透明度の高いテフロン製の被覆の下で美しく輝く。
ー なるほど。そして、それを今も使い続けている、と。
SN:そうですね。
ー でも、やはりそれもパーツが好きってことですよね。
SN:いやいや、もちろん好きですよ!異常なほど好きですよ!!(笑) OPアンプに関しては今でも各社、全てをチェックしていて、中でもLinear TechnologyのOPアンプはいまだに最強ですよ!Burr BrownやAnalog Devicesって、音の方向性がだいたい決まっているんですよ。Burr Brownはどれも中域が厚いとか、解りますよね?
ー ええ、よく解りますよ(笑)。
SN:Linear Technologyほど、音の方向性が豊かなメーカーはないですよ!しかも、音響を意識した製品を多く作っていますから。Linear TechnologyはOPアンプの開発部門にものすごい価値があって、新幹線の横浜駅でLinear Technologyの大きな広告を見たんですが、そこには「我々はどの型番も廃番にしない」っていうようなことが書いてあったんですけど、普通はそんなこと言えないですよ。かたや、いろんなメーカーがどんどん廃番にしていくじゃないですか。Linear Technologyは自分たちの製品に誇りがあるんだろうな..... って、こっちが勝手に思い込んじゃくらい、ブランドに価値を出していますよね。OPアンプ部門だけなのに、信じられない...
参考リンク:
http://www.kumikomi.net/archives/2013/05/co22de49.php
デバイス古今東西(49) 「誰もやめない会社」と言われるLinear Technology,なぜ30年間も成長を続けられたのか|Tech Village (テックビレッジ) / CQ出版株式会社
- Shun Nokinaが今、生み出すもの -
ー 現在、Leqtiqueのエフェクターは、どのようにして作られているのですか? 例えば、一般的に想像するのは、ビルダーなり、そういった人がパーツを手でハンダ付けして、基板を組み込んで、ってイメージだと思うのですが、具体的にはどのような作業を経ているのでしょうか?
SN: まず、エフェクター表面の塗装は僕の手でずっとやってます。それこそ、何万台もですね。しかし、僕が25~26歳くらいの時(2013年前後)には、すでにハンダ付けなどの作業は他の仲間に受け渡して、R&Dだけに集中してきました。そうなると、作業場にいる必要すらないんですよ。自分の車の中で回路を考えたりとか、家の好きな場所で回路図を書いたりだとか。作業場には簡易的な計測器とNCがあるので、そこでプロトタイプを作って音出してみて、って感じです。僕は“移動型”の人間なんです。
▲Shun Nokina氏のデスクの上には、PCと連携して稼働する基板加工用のNCドリルマシン、音響機器用の計測器などが常設されている。どれもエフェクターを試作する際に使われるもの。
ー 移動型?
SN:そうです。作業場はいくつかの場所を経て、今は狭いところでやってますけど。本当に凄い製品を作ることって、ハードコアなR&Dの繰り返しだから、それも1年も2年もかけての。ビジネスならそこにマーケティングとしてのハードコアも必要となるのでしょうが、僕はそこに関しては疎くて、「良いものさえ作ってればそれで良いだろう」で来ちゃってるから、もしかしたらそれに甘えてるのかもしれないですね。とにかく、良いものを作るってことに集中しています。そして、その良いものとは、まず強いコンセプト持っているもの。必要なのはそれを作るアイディアですね。コンセプトが甘いと、良い製品はできないですから。
ー 間違いないと思います。
SN:で、アイディアを良くするには、人生が良くないとダメだから。適当に生きてたら絶対に無理なんですよ。特に、我々のようにマテリアリスティックに生きている人間にとっては、まず良いものに触れなければならない。何においてもです。
そして、生き方ですね。自分の興味のあることにはすぐに行動すべきだし、僕はそうした20代を過ごしてきた。行きたいと思えば海外だろうとすぐにでも行ったし、それを止めるような力を捻じ曲げるテクニックも手に入れた。
ー やはり、生み出すエフェクターにもその海外経験が直接的に関係しているんでしょうか?
SN:100%活きていますね。他の人にとっては解りませんが、僕にとっては極めて重要です。直接的な例をいえば、エフェクター表面の塗装に使う色のコンビネーションに大きな影響があります。同じ青にしても、日本でインスタグラムを見ながら良いと思って作る青と、北欧の海を見て、アドリア海、地中海も実際に見ている人間が作る青は、全く違うと思う。あとは言語ですね。他の国の言葉を知っていると、ヨーロッパの諸言語と英語にある共通項を見出すことができるわけですが、そういった共通の言葉って、深い歴史のある強力な言葉なんですよ。そういった言葉を自分のエフェクターに持ち込もうとすることは、日本にいては絶対にできないはずです。
▲Maestoso Supremeの塗装の試作を行うShun Nokina氏。Leqtique製品の表面に現れるSwirlと呼ばれる模様は、全てShun Nokina氏自らの手によって作られている。
ー 色彩感覚や言語は間違いなく、その通りでしょうね。
SN:あと、海外に行って話すということは、自分から手を挙げないと話にならないわけだから、自分から疑問に突っかかっていかないといけないんですよ。しかし、突っかかっていくんだけど、相手に嫌われないような人間力の構築が必要になる。そういった気質を身につけることも海外経験からの影響ですね。ものを浸透させるために必要なのは、人と人とのコミュニケーション能力なので。狭い部屋に一人で閉じこもってものづくりをしていては、絶対にものを浸透させられないですよ。もちろん、コミュニケーション能力っていっても、ゴマするってことではなく、「頼むぜ」って言える能力。そして、それに対して問いかけてくるような人と僕は仕事がしたいですね。
ー Leqtiqueの後、L'というブランドも並行して始められます。こちらはどんなコンセプトで立ち上げたブランドだったのでしょうか?
SN:L'はある程度、僕が成長した段階で始めた、最先端のテクノロジーを取り入れたブランドです。まず、非常に進んだ考えを持ったKlonというブランドの KTR というエフェクターの基板を初めて見て、吹っ飛ばされたんですよ。SMDパーツとリードパーツのハイブリッドという基板をそこで初めて見て、「え、これが最高に決まってるじゃん」って思ったんです。ハンダ付けを人間がやってる以上、誤差が出てしまうのは当たり前ですが、素晴らしい機械とハンダで表面実装すればその誤差は少ないし、パーツを入れ間違えることもないし、全ての面で良いわけですよ。そういったことをSNDで実践した省サイズで実現して、音はLeqtiqueのオリジナリティを取り入れて、さらに低価格。つまり、SNDとLeqtiqueが持っていたものを推し進めて、新しい僕という枠組みで作ったのがL'というブランドです。
▲L’の9/9に使われる基板部と、その完成品。SMDパーツとリードパーツ、それぞれが混ざって実装されていることが解る。
ー ちなみに、L'はハンドメイドブランドなのでしょうか?
SN:えーと、そうですね。どんな業界でも良いのですが、今回は車にしましょうか。車の業界では、人間の手では作れないほどの精密さが必要な作業は機械が行っていて、例えばエンジンの中の部品の製造とかですね。そしてできたエンジンはまるまるコンポーネンツとして扱われます。L'のエフェクターの場合でいえば、基板とか、筐体とかがそれです。筐体は金型を起こして作った僕のオリジナルですけど、それ自体はハンドメイドではない。SMDパーツが機械で実装された基板もそう。ただし、音にこだわりたいリードパーツは機械が扱えないので、自分たちの手で基板にパーツをハンダ付けして、それら完成したコンポーネンツを手で組み込む。L'はこういった製法ですが、ハンドメイドと呼んでいいと思うんですよ。
ー そうですね。それは間違いなくハンドメイドですね。では、ハンドメイドということに対して、こだわりがありますか?それとも、結果としてハンドメイドを選んでいるだけ、という感覚ですか?
SN:こだわってないですね。良いものを作りたいだけ。部分的には、機械が作った方が間違いもないし、音が良いに決まってるんですよ。例えば、信頼できる大きな機械を持っている工場にSMDパーツをマウントさせるということは、絶対にやるべきことです。エフェクターの業界はハンドメイドという価値のつけ方がおかしい。本来であれば、機械ができないことをやって、やっとハンドメイドですよ。Nature Soundのエフェクターとかは絶対に機械で作れないですから、あの作りはハンドメイドと呼ぶべきですよね。でも、そういったブランドこそ、自分はハンドメイドだなんて声だかに言わないんですよ。
ー 確かに、この業界には悪い意味でのハンドメイドがありますし、もちろん、それを好きにはなれないですね。
SN:そうです。僕の場合はどうでもいいんですよ、ハンドメイドかどうかなんて。
ー ちなみに、Nokinaさんは低価格ということにこだわりがあるように感じます。その理由とは?
SN:先にも言いましたが、人のために仕事をしないと新しく大きなことができない。人に感謝される必要があるし、愛されるブランドになる必要がある。そうでないとみんなに還元できない。僕の考えでいえば、多くの人に手にとってもらえる価格にしてファンを増やす、ってことが良いと思うんですよ。Leqtiqueを始めた時は、低価格を実現することが本当にチャレンジングでしたが。
ー そういったエフェクター製作、設計において、なにかインスピレーションのもとになるものはあるのでしょうか?
SN:BMWでも、Fordでも、Mercedesでも、Amazonでも、Chanelでも、Louis Vuittonでも、なんでもいいです。大きな会社、ブランドの1つだけを歴史から紐解いて、ずっと深く考察することです。いろんなものをちょっとずつ掻い摘んでいるだけでは、ある側面しか見えないわけですから、何もできない。昔は僕もそうでしたよ、Lindtのチョコレートが好きだとか、LindstromのニッパーはRX8148が良いぜとか、WIMAのMKS2使ってちゃダメだ、みたいな。そんなことはそのブランドの3割しか追っかけてないわけで、なんの価値もない。その追うべきものが、僕の場合はFerrari社でした。
ー 具体的には、Ferrari社のどんなものごとからインスピレーションを得るのでしょうか?
SN:例えば、マーケティングを知れば人の所有感を満たすためにはどういったことをするべきなのかが解るし、それを自分に還元して活動するには何が必要かということも考えるようになります。あと、Ferrariは何台も乗ってきましたけど、今乗っているGTC4 Lussoという車ほど音の良い車はほかに存在しないな、と思ったんですよ。エフェクターを作っている以上、やっぱり音が好きだから。
▲Shun Nokina氏が所有する車の中でも、特に特別な1台だという、Ferrari GTC4 Lusso。
SN:僕は移動がすごく多いんですが、移動中にずっとエンジンを回してる間、アクセルの踏み方によってその音が変わるわけですから、その間は一種の指揮者になるわけですよ。僕が今乗ってる車はV型12気筒エンジンなのですが、本当の車オタクというと、エンジンはミドシップにあるべきと思うだろうし、Ferrariの場合はV8エンジンであるべきだと思うだろうし、音なんかよりもターボで選ぶべきだと言うと思う。ただ、音で選ぶとFerrariのV12(エンジン)。中でも僕が今乗っているGTC4 Lussoは、エンジンの許容量を若干抑えていて、その抑え方が絶妙なんですよ。Ferrari社はそれを意識していないかもしれませんが、高域の上澄みだけをすくったような音が出てるんですよ。
ー 高域の嫌な部分だけがない、と?
SN:そう、全くないんです。F140型エンジンっていうんですけど、それにはいろんなバリエーションがあって、La Ferrariのような特に高価なモデルもそのエンジンをベースにしたものが使われているんですが、値段が高いからといって音が良いってわけじゃないんです。4人乗りのFerrariなんてサムいって言う人もいるかもしれませんが、僕はそれが大好きで、というのも4人乗りのFerrariは車体が長いことによって、エンジンからマフラーまでのパイプが長いじゃないですか。つまり、楽器のようなものになるんですよ。
ー 管楽器の管体ということですね。そう言われれば納得できるかもしれません。
SN:そう。で、FerrariのF140型エンジンを載せた4人乗りは、FFってモデルとGTC4ってモデルの2種なのですが、僕は両方とも持っていて、その2台を比べても音が全然違うんですよ。GTC4は本っ当に音が良い!ビックリするくらい音が良い!! 他社でも、1億円以内で買える音の良いとされる車種はほぼ全部試乗しましたよ。その中でも、GTC4が一番音が良い。
ー 1億円の壁(笑)。そのエンジンの音をこのインタビューの読者に聞かせられれば解りやすかったですね。
※YouTubeで“Ferrari GTC4 Lusso sound”、“Ferrari GTC4 Lusso exhaust”などで検索すると、音声を重視した試乗動画を閲覧できます。ご参考までに。
SN:そうですね、それは次回にぜひ。で、そんな車に乗っていると、自分の作るエフェクターに足りないものが見えてくるんですよ。人間の五感をどれだけ刺激するかが所有欲に繋がると信じているのですが、それが体験になるからですね。で、車はそういった五感の全てを刺激してくるのに対して、エフェクターって聴覚や視覚だけじゃないですか。車に乗っていると、自分の作るエフェクターにこのエキサイトメントはないな、なんて考えるわけです。音だけじゃなくて、内部のディテールもそうですし。車はものづくりという視点で見ても素晴らしいですよ。
ー それはそうですよね。車の鍵だろうが、エンジンをかけさせる動作だろうが、一流のメーカーはそのブランディングも含めて、デザインされていない部分なんてないですもんね。
SN:そうなんです。対して、エフェクターの場合はノブも設計する必要がないし、ケースもあり合わせのもので作れるし。僕も含めて、誰でもそういった部分に少しずつメスを入れていく段階が来るはずです。
ー では最後に、今後はNokinaさんはどんな活動をしていく予定なのでしょうか?
SN:ただ、ハードコアに生きたいんですよ。仮に周りの人と距離を置くようなことになったとしても、ただひたすら、上を目指していこうと思っています。人生に対するR&Dをハードに繰り返さないといけない。生きている中で「これがダメなのかな」という点をなくしていかなければならない。人生をブラッシュアップしていくことと、良いものを作るってことは同義なので、人生をブラッシュアップして良いものを作り続けていたらそれに対する需要もあるだろうし、仮に距離を置いた人たちも戻って来てくれるだろうし。
自分の人生すら設計して、QCを繰り返して、ダメなポイントをどんどんアップデートしていく。ものを設計する、寝る、起きてもう一度試す、の繰り返しです。僕は明日の朝に起きて、同じ自分だってことを信用していないんですよ。だから、昨日作ったエフェクターが今日の朝に同じ音がしているなんて最初から思ってない。
SN:よく聞かれるんですよ、「まだこれ以上やれることがあるんですか?」って。僕だけじゃないです。みんな聞かれると思います。
ー その答えは?
SN:無限でしょ。僕は偉そうなことはまだ言えないけど、何もできてないとは言わない。いくつかのことが達成できていると思います。でも、パッと思い浮かぶようなことだけでも、まだまだやれることはあります。
素晴らしいスタートアップのプランってなんであれ、「お前何言ってんだ!?」みたいなレベルのことを言っているんですよ、みんな。しかし、そういったものこそが人の“興味”ではなく、“感動”を呼び起こさせる。
とある良い音のエフェクターを題材にしてちょっと良いエフェクターを作って、それっぽい見た目にして、元の2倍くらいの価格で一儲けしてやろうなんてレベルなら、今すぐにやめた方がいい。そんなものに何も価値はなくて、最低限、他人がやってないことをやるべきだと思う。
小手先のビジネスモデルを形成して金儲けをするのではなく、「このエフェクターでアメリカ市場を全部席巻してやる」とか、「このエフェクターを作ることで音楽シーンを変えてやる」とか、そういった次元でヴィジョンを描いて、エフェクターを作っていく人が今後に増えるべきだと、僕は思います。