スペシャルインタビュー 7 : Masafumi Todaka & Egawa(Phantom fx)

2007年。第二次ブティック・エフェクターブームに湧く日本の市場。そこに彗星の如く現れ、僅かな数のエフェクターを輩出するや否や、やはり彗星の如く一瞬にして姿を消してしまった伝説のドメスティック・ブランド、それがPhantom fxである。
Sabbath、Ruins、Bells、Fluidなど、活動時に作られた数々の名機はいずれも即完売。人気のモデルはオンラインで秒単位の争奪戦が繰り広げられた。もしオークションなどで中古品が出品されれば、今でも高額のプレミアが付くことさえ多々ある。そして活動休止以降、Phantom fxの名はギークたちの間で語り継がれ、さらなる神格化が進んでいると言える。
その伝説のブランドを牽引していたのは、Art School、MONOEYSE、Crypt City、Ropesなどに所属する他、様々なレコーディング、ライブサポートなどで活躍するプロギタリスト、戸高賢史氏である。
2020年。その伝説のブランドが長い沈黙を破って復活する。しかも、強力なパートナーを得て、より高い強度を具えて帰ってくる。その経緯や現在位置をPhantom fxを主宰する戸高氏が語った。
ー まず、戸高さんに自己紹介をお願いいたします。
戸高(以下、T):はい、Phantom fxの代表、戸高と申します。
ー Phantom fxを興されたのはいつのことでしょうか?
T:記憶が曖昧で申し訳ないんだけど、2007年頃みたいですね。
ー その時点でおいくつだったのでしょうか?
T:20代半ばとかかな。
ー 戸高さんが初めて作ったエフェクターは何でしたか?
T:1石のFETを使ったブースターだったかな... Z.VEXのSuper Hard Onみたいな。
ー そもそも、エフェクターを自作するきっかけはどういったことだったのでしょうか?
T:それには明確なきっかけがあって。ある日、Art Schoolの機材が機材車ごと盗難に遭ってしまって、自分の機材は全部載せてたもんだから本当に何もなくなってしまったの。次のライブも控えてるのにね。
ー 最悪ですね... それはいつの出来事ですか?
T:超昔だよ。余裕で15年以上前の話。お金も全然なかったし、どうしようかと思ったんだけど、とりあえず御茶ノ水にギターを買いに行ったんだよね。その時に買ったのは、かなり安かった茶色いTelecaster Deluxeだったかな。で、エフェクターはどうしようかと思った時、じゃあ作ってみようと思ったの。エフェクターの自作本とかを読みながら、最初に作ったのがさっき言ったブースターだった。
ー 自作の始まりは必要に駆られて、ってことだったんですね。
T:そう。ちなみに、それくらいの時期に手にしたHuman GearのPassionattoには、深い思い入れがある。それまでHuman Gearのペダルはすごい良いものなんだろうなーって思いながら、ガラスのショウケースを眺めるだけだったんだけど、Passionattoを御茶ノ水の楽器屋で中古で見つけて、しかもかなり安くなってたから買ったの。でも買った直後は全然使えなくて(笑)。実はPassionattoって色々な使い方ができるじゃない?
ー そうですね。
T:最終的には歪みをあえて下げて、プリアンプ的に使うってことに可能性を見出して、ちゃんと使い始めたわけ。その辺くらいからエフェクターに対する価値観が全て変わった。このPassionattoに出会っていなかったらこんなにエフェクターにのめり込んでなかったと思う。

▲写真中央、金色のエフェクターがPassionatto。内部にある基板を隠すブラックボックスは破壊され、研究のために完全に分解されていた。
ー まさしく運命を変えたエフェクターですね。このインタビューが世に出たあと、楽器店からPassionattoが消えるようなことがないといいんですが(笑)
T:そんな全ての人にオススメするエフェクターではないんだけど(笑)。歪むものをあえて歪ませずに使うという経験をさせてもらったのがコレだったから。
ー 他に好きなエフェクターブランド、メーカーはありますか?
T:新しいものも欠かさずチェックしてるけど、少し古いもののほうが多いかな。新しいものから順に言えば、まずStrymon、Empressとかは結構信頼して使ってる。あとは古めのSkreddy、Lovepedalとか。
ー 2000年代中頃のLovepedal、Skreddyは僕も大好きです。
T:古いLovepedalからはかなり影響を受けてると思う。Sean(Lovepedalのビルダー)の多くを語らない、でもちょっとだけヒントを出すようなネーミングセンス、コピーライターのような側面が結構好きだったな。あとBJFEは相当好きだった。BJFEには相当衝撃を受けた。初めてDyna Red Distを弾いた時はビビったし、Honey Bee ODを弾いた時もビビった。Emerald Green Distortion Machineの内部トリマーをいじった時にも衝撃を受けた。めちゃくちゃに影響を受けたと思う。というか、僕らみたいなフリークはみんな衝撃を受けたんじゃない?
ー 間違いないと思います。
T:あとはHybrid Guitarsが輸入し始めたばかりの頃のOKKO。当時、わざわざ予約して買ったから。その時のDiabloがめちゃくちゃ好きだった。他に日本のブランドだとHuman Gearとか、最近のブランドだとNature Soundとかは好きかな。やり過ぎ!、みたいなブランドは結構好き。Nature Soundとか、やり過ぎじゃない?(※良い意味です)
ー そうですね。Nature Soundの基板は一線を超えてますね。では好きになる一定条件があるとすれば、その“やり過ぎ”ってことでしょうか?
T:そうだね、尖ったものづくりをする人たちは好きかな。同期のmasfとかね。そうなると、CULT周りは尖ってるなぁと思う。
ー 僕が尖った人たちにしか興味がないですからね。
T:だからこそ、CULTと一緒に仕事しようかなって気になれた。
ー いやぁ、それはありがたいお言葉です。少し話は戻りますが、もし“良いエフェクター”ということに条件があるとすれば、どんなことだと思いますか?
T:シンプルに“ニオイ”。エフェクターから漂ってくる“ニオイ”があること。
ー それは実際の匂い、臭いとは別のものってことですよね?
T:そう、すごく感覚的なんだけど。それが僕の中の良いエフェクターの条件かな。これ解るかな。
ー つまり、無味無臭の対極にあるものが良いエフェクターの条件である、と?
T:いや、無味無臭のものも使うよ。例えば、TimmyとかAMP 11とか。でも好きなのは、やっぱり“それでしかないこと(唯一無二であること)”がトータルでデザインしてあるもの。例えばCentaurとか、初期のバーストのEternityとかさ。いや、Eternityは真っ黒のやつも良いな(笑)

▲Lovepedalの初期モデルには美しいサンバースト塗装のモデルが存在する。後年にサンバースト塗装のものが復刻もされたが、その質感は異なる。
ー とにかく、スイッチがCusacckじゃない頃のものってことですね(笑)
T:そうそう。他にもBJFEのエフェクターもニオイがあるでしょ。日本のブランドでいうとJersey Girlとかもニオイがあるし。物理的なニオイじゃなくて、プロダクトとしてのニオイ。それがあるエフェクターが好きだね。
ー 芳しい雰囲気のもの、ってことですね。
T:そう。それが手に取ってみたいと思えるもの。
ー 戸高さんは電子回路に関する知識をどのようにして得られたのでしょうか?
T:僕は始め方が始め方なんで、かなり邪道だと思います。専門誌を読んだり、Tone Padの基板で試作したり。でも、まぁ基本的にはネットを漁ってたと思う。当時のネット上には有名な自作ッカーが国内でもいっぱいいたから。
ー 例えばmixiに集まってた人たちですね。
T:そうそう。あとは電子回路に精通した友人に聞いてみたりとか、自分でエフェクターを分解したりとか。とはいえ、別にサーキットデザインが得意な訳ではないから、その面で僕よりも能力のある相棒を探してた。自分の思うままにサーキットデザインができる人を。
ー Centaurもそうやって生まれてますもんね。サウンドをデザインするギタリストのBill Finneganと、Bill Finneganの理想を叶えるサーキットをデザインできる相棒。楽器の分野ではありませんが、Mark Levinsonもそうだったかと。
T:それと似てるところがあるのかもね。餅は餅屋って言うけど、ちゃんとできる人に頼んだ方がトラブルも少ないし。もちろん、自分が信頼している人じゃなきゃ任せたくないけど。あ、でもトーンコントロールの部分をデザインするのは結構好き。あと、パーツの音にはそこそこ詳しいと思う。
ー そもそも、エフェクターブランドを始めてみようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
T:ナインボルトの川村さん(LEP INTERNATIONAL代表。Phantom fxの販売代理業も務めていた)と仲が良くて、当時に僕がエフェクターの自作をしていることも知っていたから、自分のブランドやってみたら?って勧められたのがきっかけ。
ー ブランド名の由来はどんなものだったのでしょうか?
T:ダークでミステリアスなイメージの名前が良かったってだけなんだけど... まだブランド名も決まってない時にSabbathを作って、その筐体にオバケの絵を描いたことがあって。それを見て決めたような気がする。

▲初期生産品のSabbath。フットスイッチの周辺には戸高氏自身によってゴーストの絵が描かれていた。
ー では、とっさの思いつきのようなものだったのでしょうか?
T:当時はすべてフラッシュアイディアだったと思う。構想が何年って話はなくて、自分の中でフレッシュなものを掴んで形にしていくってことを一番重視してたかも。
ー そうだったんですね。そんなPhantom fxの最初の機種はどんなものだったのでしょう?
T:Sabbath。黒いヤツですね。
ー Sabbathはどんなコンセプトで作られたエフェクターだったのでしょうか?
T:当時、1ノブのブースターのようなものを作ろうと思ったんだけど、それじゃ面白くないと思って、1ノブのファズにしたんだったと思う。今でこそD*A*MのMEATHEADとか、Earth Quaker DivicesのAcapulco Goldとか、1ノブのファズってあるけど当時は珍しかったし。
ー Sabbathってトランジスタ3石のファズですよね?
T:そう。海外のサイトにあった何か、全然覚えてないんだけどそれを参考にして、定数とかパーツをとっかえひっかえして、ああいった形になったんだと思う。
ー Phantom fxを始めた時、それが商売に繋がるようになると考えてましたか?
T:全然思ってなかった。
ー 大きくしようとも思っていなかったですか?
T:大きくしようと思ってなかった。本業としてメジャーでバンドやってたから、そもそもそんなに時間もなかったし。
ー Sabbathが新品で販売されていた頃、Phantom fxの人気モデルは発売から1分以内で全数が完売するような人気となっていましたが、それを当事者としてどのように感じていましたか?
T:そんな良いものじゃないのに、ってのが本音だったかな。ノブは1つしかないのにめちゃくちゃ歪むし、音量もバカでかいし。とにかく攻撃的なエフェクターだったから、多くの人が欲しがるようなものではないのにな、って正直思ってた。好きで作ってるものを面白がってくれたのは嬉しかったけど。ネットオークションとかで価格が高騰して、それは手に負えなくなっちゃったって感じ。

▲Phantom fxの製品群の一部。写真左からSabbath Russian、Sabbath MK.II、Sabbath、Ruins、Bells。
ー エフェクター製作に対するインスピレーションはどのようなことから得ているのでしょうか?Phantom fxの大きな特徴のひとつとも言える塗装や外観のデザインも含め。
T:音楽聴いてる時とか、近所を散歩してる時の景色とか、夜中にランニングしてる時に見る家の表札とか。こういうプレートってエフェクターに使ったらどうなるんだろう?とか、井上さんちの表札はフォントが惜しいな、とか考えたり(笑)
ー (笑)
T:あとインスピレーションの元としてずっと大事にしているのはDécadenceかな。デカダン(※ Décadisme =19世紀にフランスで興った退廃主義のこと)ね。僕は昔から退廃的なものが好きなので、そういうイメージのものが多いんじゃないかな。例えばKowloonとか...
ー 今は無き九龍城砦のことですね。
T:Ruinsだってそのまんまじゃない?(※ Ruins = 英語で廃墟などの意味)
ー そうですね。
T:Bellsだってそうだし。何かアンティークなものをエフェクターに落とし込もうと思ってたかも。
ー 過去のPhantom fxのエフェクターが生まれた経緯は具体的にどんなものだったのでしょうか?
T:ふとアイディアが降りてきたら、昔ならノート、今ならスマホにメモするんだよね。後日、それをミュージシャンの友達に聞いてみる。こういうのどう思う?、みたいに。その話の中で盛り上がった案をストックしておく。その中でも具体的な行動に移して、形になったものが今まで製品化されてるって感じかな。逆にフワっとしたアイディアは10年経っても形になってない。
ー新生 Phantom fx とはー

ー このタイミングでPhantom fxをリスタートしようと思ったきっかけはあるのでしょうか?
T:細川くんからはずっと言われてたし。
ー なんせ、Phantom fxのエフェクターは僕が欲しいですからね(笑)
T: 他にもミュージシャンの友達とか色んな人から「もうやらないんですか?」、「作ってよ」って言われてたんだけど、本腰入れてバンドやってたから自分ひとりでは無理で、一緒にやってくれる面白い人、自分がちゃんと信頼できる人が見つかったら考えてもいいな、って思ってたの。そんな時にこの新型コロナウィルスの騒動があって、ライブを始めとする活動ができなくなったでしょ。自分がそれまでルーティーンとしてやってきていたことができなくなってしまって。
ー 音楽を生業にする人たちにとって重篤な事態ですからね。
T:そう、ほぼ失業者になってしまって。でも、そんな時にたまたま出会いがあったの。
ー 実はここにいらっしゃる、Egawaさんですね?(笑)
Egawa(以下、E):はい(笑)
T:共通の友人からEgawaくんを紹介してもらって、彼が作っているエフェクターを見させてもらったんだけど、それがヤバくて。配線の取り回しとか、もちろんサウンドデザインもヤバかったし.... まぁとにかくヤバくて(笑)
ー はい、解ります(笑)

▲Egawa氏が自身のブランド SARA PEDALSのために組んでいた基板。一般的なユニバーサル基板だけでなく、アイレットを打って作ったオリジナルのものも多々ある。
T:こんな人と一緒にやれたらいいのになってぼんやり思って、まず喫茶店で会合をしまして。その時に一緒にやって欲しいと頼んだったんだと思う。
ー 遅れ馳せながら、Egawaさんからも自己紹介をお願いできますか。
E:Egawaです。小規模ではあるんですけど、SARA PEDALSというエフェクターブランドを持っています。それとは別に、本業として製造業、組み立て配線をやっています。
ー EgawaさんはPhantom fxの存在は知られていたのでしょうか?
E:はい、もちろんそうですね。大好きでした。
T:しかも、僕のバンドも好きだったらしいの。最近になってそれを車の中で聞かされたんだよね。「え、あのライブ観に来てくれてたの!?」 みたいな(笑)
ー 好きなエフェクターブランドを、しかも好きなバンドのギタリストと共に始められるという、Egawaさんにとって願ったり叶ったりな事態だと思うのですが、そのことについてEgawaさんは率直にどう思いましたか?
E:いや、まさか自分がやるだなんて思ってなかったので、凄いうれしかったし、声をかけてもらったのはありがたかったです。
T:新たに動き出したPhantom fxは、このEgawaくんという自分が信頼している技術者を相棒として迎えて、ふたりでやっているってことになります。
ー では、その新しいPhantom fxの製品は具体的にどんな環境で作られているのでしょうか。
T:製作はここ、都内のEgawaくんの家でしていて、僕の自宅兼工房ではデザインとか、音を出しながら回路の細かい部分を決めたり、トランジスタの選定をしてる。(新型コロナウィルスが蔓延する)こんな時期だからオンラインでかなり密にミーティングをしながら、プロトタイプを送りあって新作を作ってた。もちろん、僕がこのEgawaくんちに来て、一緒に作ることもある。

ー こんな時期なので、プロトタイピングはかなり時間がかかりそうですね。
T:そうだね。基本的にはプロダクトの構想からサウンド、パッケージングまでの全てを僕が責任を持って管理していて、回路の細かなデザインはビルダーのEgawaくんが主体となって、二人で役割は分担しながら作っている、って感じかな。彼ね、作業中に耳栓するんですよ。
ー え、それは例えばイヤホンをして、外界をシャットアウトするのと同じような意味でですか?
E:音楽とかかけてると聴いちゃうんで、耳栓の方が集中できるんですよ。
T:僕らの場合、好きな音楽をかけながらやった方が楽しいし、捗りそうなものじゃない? Egawaくんは違うから。楽しいとか要らないから(笑)。Egawaくんはとにかく効率を考えてたり、合理性を上げようとしてるんだよね。工具も自分でカスタマイズしてたりするし。


ー 修羅ですね(笑)。Phantom fxが他のブランドと比べて絶対に負けないって部分は何だと思いますか?
T:そもそも勝ち負けを考えてやってない。音っていうのはその人にとってカッコいいものであれば良いし、自由であるのが良いから。ただブランドの強みってことで言えば、さっきも内部を見てもらって解ったと思うけど、念が深いところかな。他のブランドやメーカーも念が深いと思うけど、一歩先まで行っているっていう自負はある。
ー 愛憎が深いと。
T:そうね。エゴイスティックで、ドロドロしてる.... 俺ら、ドロドロしちゃってるんだよね、もはや(笑)
ー 煮詰まってきてる(笑)
T:でも、本当に使えるものを作れてると思う。ちょうどバンドのレコーディングがあったから、そこでも実際に使ってるし。
ー 実際にプロのレコーディング現場で試せるってのはかなり強いですね。
T: 休憩時間に信頼するエンジニアさんにお願いして、2つのプロトタイプの音を録音して比べてもらったりね。波形を見たり、一緒に聴いてもらったり、意見をもらったりして、太鼓判をもらえるとこまで追い込んだ。そういうプロセスも経て、音色をチューニングしてる。
ー エフェクターを作る、ひとつのプロダクトを完成させる上で、最も重要なことはどんなことだと思いますか?
T:今のPhantom fxで言うなら、妥協しないこと。ノイローゼになるくらい考えてやってるし、可能性があることは全部試す。Egawaくんからすると、ここまでやります?ってくらいの目に遭ってると思う... 正直辛かった?(笑)
E:大変でしたけど、戸高さんが言ってることには同意できたので、それであれば僕もそうした方が良いなって思えました。それでより良いものができるならやりたいなって。
ー Egawaさんが考えるエフェクターを作る上での最も重要なことは何でしょうか?
E:ものとして破綻してないってことでしょうか。組み配を仕事にしてるってこともあるんでしょうけど、壊れ難いものとか、作った人以外の人でも修理しやすいこととか。そういったものを作りたいってのはあります。
T:もし万が一だけど、Phantom fxのエフェクターが壊れたとしても、秒で修理から戻ってくるかもしれない(笑)
ー MOTHER 転生 ー

ー そんな中で完成した新生Phantom fxのMOTHER。まず、MOTHERは活動休止前のPhantom fxでも作られていましたよね?
T:レギュラーのラインナップって訳ではなかったけど、一部のファンとか友達のミュージシャンに向けて数十台は作ったと思う。
ー MOTHERのモデル名の由来はどんなことなのでしょうか?
T:Pink Floyd。
ー 原子心母?
T:そう。Atom Heart Mother。一番最初のプロトタイプでDavid Gilmourのクリーミーな音をイメージして作ったから。
ー 過去のMOTHERと最新のMOTHER、大きく違うのでしょうか?
T:大枠は同じ。
ー 回路は同じですか?
T:回路はほぼ同じ。定数とかは違うけど。
ー 元々あったMOTHERのどういったところを、どのようにを変えたのでしょうか?
T:まず歪み量。あと音の量感、密度感というか、そういったところ。それとトーンコントロールはデッドポイントを限りなく少なくした。もはや異常なくらい、そこに時間をかけた気がする。
ー そうですね。そこを決めるに当たって、何度も深夜にミーティングしましたもんね(笑)
T:Big Muffのハイパスとローパスを組み合わせたトーンコントロールって、ものすごいデッドポイント多いじゃない?(笑)。MOTHERでは積極的に使いたくなる、動かしたくなるようなトーンコントロールをまず作りたかった。その瞬間に現場で必要な、例えばソロがもうちょっと抜けて欲しいみたいな時、すぐに狙った音に着地できるようなもの、パッと狙った音に辿り着けるトーンコントロール。僕が仕事の環境でそういったものが必要だったので。ただし、Big Muff系サウンドと呼ばれるフォーマットの中でそれをやりたかった。
ー つまり、MOTHERはBig Muff系のカテゴリーに入ることを狙って作ったものなのでしょうか?
T:気づいたらそのカテゴリーから出てたかもしれない。もうそんな感じするよね?
E:そうですね。Big Muff系に入らない方が自然なのかなと思いますね。
T:そういう感じになっちゃった。追い込んでいくうちに。
ー その中でもトーンコントロールに関して言うと、特に実用性を重視していると。
T:めちゃくちゃ重視してるし、同時に色気、音の艶、倍音感なんかもすべて重視してる。
ー 先に話に出たニオイっていうものですかね?
T:そう、ニオイ。こんな苦労するかっていうくらい苦労したかも。言葉で表すのが難しいけど、ただのフィルターじゃない感じ。Egawaくん、何か良い言葉があれば伝えて欲しい。
E:いや... あのトーンを言語化するのは難しいですね...
ー 効果、原理としてはオリジナルのBig Muffと同じトーンコントロールなのでしょうか?
E:構造的には同じですね。
ー しかし、マジックがあると。
T:最初はそんなつもりじゃなかったんだけど、Egawaくんが最初に作ったプロトタイプのトーンコントロールが良くて。なんでこんなトーンの動きをするんだ!?ってずっと追ってたんだけど、原因はたった1本の抵抗の種類の違いだった。金属皮膜かカーボンコンポジションか。しかもトーン回路じゃない部分。解るかよそんなのっていう(笑)
ー このインタビューの読者のほとんどはエフェクターを作る人ではなく、買って使う人だと思うんですけど、そういった人からすると、たった一本の抵抗の種類の違いがそこまでの音の違いを生むだなんて信じられないと思うんですよ。
1本の抵抗の種類の差なんて微々たるものなんじゃないか?、変わるとしても、ブラインドテストをして解るようなものなのか?、他の何かで埋まらない差なのか?、って感じるのが普通だと思うんです。正直、疑いがあるというか。作ってる側の戸高さんからすると、やはりその抵抗1本の差は絶対に拘らなければいけない点なのでしょうか?
T:必要ない人にとっては必要ないと思う。ただし、僕にとっては超大事。絶対そうしなければダメだったところ。そうしないことなんて考えられなかった。明確に違ったから。ずっと探してたから、何でこの音が出ないんだって。トランジスタ、コンデンサー、基板、色んなものを替えたけど、一番近づいたのはそこだった。それをやらないってことは僕にとって妥協になってしまうから、すでにEgawaくんが50台くらいポイント・トゥ・ポイントで組んであったのに、「Egawaくんゴメン」って(笑)
E:(笑)
T:今回のMOTHERはユニバーサル基板を使ったタイプのポイント・トゥ・ポイント。このご時世にユニバーサル基板だからね(笑)。 全速力で時代と逆走してるよね。

▲新生MOTHERの基板部。生産性に長けたプリント基板ではなく、ユニバーサル基板を使ったポイント・トゥ・ポイント製法によって作られている。
ー このいかにもオールドスクールなユニバーサル基板は、この規模の製品としては久々に見ましたよ。凄まじい速度の逆走だと思います(笑)
T:ね。あの精巧なポイント・トゥ・ポイントはEgawaくんによるもの。独特のワイアリングもそうだけど、そういったところに僕が惚れ込んでしまってEgawaくんを誘った。この中身を見たらクローンなんて作る気なくすでしょ。
ー でしょうね。もしくは、回路やパーツだけを真似れば同じ音がすると思ってる人がいたとすれば、クローンするかもしれないですね。
T:ああ、そうだね。そういうのいっぱい見てるからね。このMOTHERをクローンしても絶対にオリジナルと同じ音にはならないだろうから、時間が勿体無いよって言いたいけどね。僕らも大事な部分の全てを外に出してるわけじゃないからさ。
ー 例えばトランジスタを選定するにしても、戸高さんの基準は戸高さんの耳と頭の中にしかないですからね。つまり、戸高さんと同じようにトランジスタの選定をすることは他の人にできないってわけですから、まず同じ音は作れないですよね。Egawaさんの配線だって、その配線をする意味を理解していないと同じようには組めないですし。

▲使用されているトランジスタは、日本、中東、アメリカ、ヨーロッパ数国から集められた中から決定したもので、さらにその中から数値と戸高氏の耳で選別されたものが組み合わせて使われる。
T:そうだね。まぁ何度も言うけど、この中身を見たらクローンする気なんて萎えちゃうと思うけど(笑)
ー ポイント・トゥ・ポイント、ないしはハンドメイドということに特別な拘りはありますか?
T:ヒューマン・メイドって雰囲気はブランドのコンセプトのひとつに含まれても良いくらい、大事にしたいと思ってる。
ー このMOTHERのここは見て欲しい、味わって欲しいといった部分はどこでしょうか?もちろん、音のことでも。
T:音はもう説明するのも野暮かなって感じはするかも。見た目は、Egawaくんが図面引いてくれたオリジナルのケース(筐体)。
E:上面がステンレスで、底板がアルミですね。
ー Big Muffのトライアングル・ノブと同じですね。
T:そうそう。モデル名のプレートは朝のランニング中に思いついたもの。
ー 井上さんちの表札ですね(笑)

▲筐体表面に取り付けられたプレートはステンレス製のもの。彫り込まれた文字には丁寧に色付けされている。
T:名古屋のALLAROUNDさん(戸高氏とのコラボレーションアイテムも販売するアパレルショップ)にTHE CUREみたいなモデル名のロゴをデザインしてもらって。見た目はかなり面白いと思う。ちゃんとアンティークな要素も入ってるし、サイズ感も良い。手に取ってみたくなるようなものが作れたと思う。写真で見たら大きく見えると思うけど。
ー 写真から想像するよりも小さいですよね。MXR Phase 100と同じくらいのサイズですね。
T:そうだね。
ー 地味ですが、ちゃんとデザインされてるなと思うのがフットスイッチの高さですね。絶妙ですよね。
▲筐体から突き出たフットスイッチは、踏み心地を重視するだけでなく、美的センスによって、その高さが絶妙に調整されている。
T:それとそのレイアウトね。ノブから必要な分だけ離してあるし。
ー LEDもですよね。足をフットスイッチに乗せても見える位置にあります。
T:LEDのホルダーを付けるか付けないかってことも練りに練って、すべてのことをめちゃめちゃ考えた。
ー ホルダーが付いてないってのもクラシカルで良いですよね。
T:内部に関しては、まずポットは24mmを使ってる。16mmのものではなくて、大きいものを使いたかった。
ー 見るからに拘ってると思われる点が基板上にもいくつかありますね。なんでここRN55じゃないの?みたいな。
T:そこはEgawaくんの拘り。なぜRN65なのかっていうね。

▲フットスイッチ真上にある赤茶色の円筒状のパーツがDALE社製の金属皮膜抵抗“RN65”。一般的にエフェクターに多く使われる同社製抵抗“RN55”よりも高い電圧、電流下で使用されることを想定して作られたもの。
E:金属皮膜抵抗だとやっぱり音の線が細くなる傾向が強いんですが、耐圧がデカいものにすると太さもありつつ、金属皮膜の良さみたいなものも出るんです。僕が耐圧がデカい金属皮膜を使うことが多かったんで、ここは何としてでもそうしたいです、と。
ー あとEgawaさんの仕事で言えば、やはりワイヤリングですよね。スイッチ周りの配線も他のエフェクターではほとんど見ない方法ですし。まず、一般的には24~22AWGの配線材を使うような部分になぜ、太く取り回し難いシールドケーブルを使っているのでしょうか? そして、なぜこのような配線方法で纏められているのでしょうか?


▲エフェクターの分野では多くの場合、フットスイッチに対して各線材が水平に配線されているが、このMOTHERはフットスイッチに対して垂直に配線されている。
E:まず、エフェクター内部の配線の仕方って、ふた通りあると思うんですよ。ひとつは最短距離で配線する方法。それも正解だと思うんですけど、修理がし難かったりしてしまうので、どこにどう繋がっているかが視覚的にも解るように、束線で配線しています。どの線がスイッチから入ってジャックに行って、みたいなことが解るようにですね。しかし、束線で配線するとどうしても配線距離が長くなってしまうので、ノイズに配慮してシールド線を使っているんです。
ー 他にもEgawaさんならではの拘りがありそうですよね。例えば、ケーブルを纏めるマウントベースが接着剤で止まっているところとか。
E:マウントベースの裏面にも両面テープが貼ってありますけど、テープっていつかは絶対に剥がれますからね。ビスで止めるのがベストなんですけど、ビスの先端が筐体の表面に出てしまって見た目が良くないので、そうしないためにエポキシ系の接着材を使っています。
ー そういったことは本業の組み込み配線で得た知識なのでしょうか?
E:接着剤は仕事で使ったことがあったものですね。使ってみたらバッチリでした。普段の生活では絶対使わないですよね(笑)
ー それと、スイッチやジャックなどを止めるナット全てにネジ止めを打ってありますよね?
E:はい。ポットも打ってます。
ー そういったことも仕事柄ってことでしょうか?
E:そうですね。ネジやナットは絶対に緩んでしまうものだと思うので、トラブルを可能な限りなくすためには、少なくともそれくらいのことはやっておこうかなと。
ー 新生Phantom fx、強過ぎません?(笑)
T:この人のこれ、本職の仕事なんで。僕が介入する余地がないですね。
ー エフェクター好きのプロギタリストが音作りをして、某国家レベルの依頼に応えられるプロフェッショナルが製品を作る。凄まじいアドヴァンテージですよ。他にも拘っている点はありますか?
E:あとは.... 配線に余長を持たせるってことでしょうか。保守部品、壊れてしまった部品を交換しやすくしてあるってことですね。ジャック、スイッチなどは交換しやすいようになっています。先の話に出たスイッチ周りの配線、スイッチの端子に垂直に配線してあるのも、スイッチを交換しやすいようにしてあるためです。
T:こういう観点って、普通にエフェクター作ってるだけだったら生まれないでじゃない?これは本当にEgawaくんの仕事柄だよね。
ー それと、戸高さんが大事にされているヒューマンメイドの雰囲気ってことが見事に重なっていると思います。修理のしやすさを考えると、マスプロの製品としては配線や基板の一部をソケット化するような手段を取ることが多いと思うんですけど、この新生MOTHERは人が丁寧に作ってることが解る上で、修復性や耐久性を重視した完全なプロフェッショナル仕様であるという。唯一無二の作りですよ。
T:Egawaくんのそういったビルディングがすごい好き。ただし、これをポイント・トゥ・ポイントで作る必要があったのか、ってのは解らない(笑)
ー (笑)
T:今回はプリント基板の仕様は作ってないからね。ただ、新しくやり始めた自分たちの気概、念みたいなものはどうしても残しておきたかったから。嬉しいじゃない?自分が持ってるものがそんなに手間かかって作られてるんだって知ったら。
ー そうですね。
T:自分が好きで5年間使ってる機材の内部を初めて見てみて、ものすごい丁寧に作られてたとしたら、その機材を抱きしめて離さないって気持ちになるじゃない? そういうものを作りたいってのはブランドの真意として外せないかなと思う。だからといって、今後に全ての製品をポイント・トゥ・ポイントで作るかっていうと、それは解らない(笑)
E:でもポイント・トゥ・ポイントで作るの好きですよ。プリント基板よりも。
ー プラモデルを作るのが好きっていうような感覚と同じなんですかね?
E:あー、そうかもしれませんね。
T:音が良いからっていう理由でなくて、単に作るのが好きっていう。それも良いよね。
ー 今日、ポイント・トゥ・ポイントの音がどうこうなんて話が一回も出てませんもんね。昔はあれだけポイント・トゥ・ポイントは音が良いとか言われてたくせに。
T:ね。
ー 今回のMOTHER、ユーザーに試して欲しいセッティングはありますか?ギターやアンプなども含め。
T:何で試しても良いと思う。JCで試しても悪くないはず。でも、できれば真空管アンプで試して欲しいかな。あと、このMOTHERの良いところは、他のオーバードライブやブースターと相性が良い。例えば、MOTHERの前段にCentaurを置いてブーストしても、めちゃくちゃ良かった。他のエフェクターと使っても歪みがダマにならない。お気に入りのドライブペダルと一緒に使って欲しい。
ー 前にTimmyと一緒に試した時もかなり良い感じで使えてましたよね。さて、Phantom fxでは今後にどんなエフェクターを作りたいと考えていますか?
T:今回、気合いとコストをかけ過ぎてしまって、早くも休みたい(笑)
ー いやいやいや...!!
T:いや、それは冗談だけど、今後に意識していくだろうなってことは、倍音感とマイク乗りとか。ライブでもレコーディングでもアンプの音をマイキングするわけだから、マイク乗りの良いエフェクターって良くない?
ー むしろ、それがないと実用はできないですもんね。
T:ね。トータルで良い音。マイク乗り自体が大事ってことではなく、スピーカーから出てる音はもちろん良くて、その先までも考えたエフェクターを作っていきたい。YouTubeにある試奏動画の状態でも良いし、ライブ会場に行って、現場で聴いても良い、みたいな。
ー どうやったって良いもの、ってことでしょうか?
T:そうだね。そんなものが作りたい。現場で使えるものとして、もっともっとステップアップしたい。耳の肥えた人たちが聴いてもあぁ納得、っていうような音。それでいて、良い意味で刺激物ではありたい。相反する要素だから難しいけどね。
ー 完成度は上げていくけど、常にオルタナティブでありたいと。
T:そうだね。そのオルタナティブな部分をどんな風に見せていくのかっていうのは、今後も考えていかなければならないけど。とりあえず、今回のMOTHERはオルタナティブでしょ。
ー はい、完全にオルタナティブの権化ですね。
T:オルタナティブだけど、ちゃんと現場でも使えるもの。そういったところの整合性が取れてるものって本当に少ないから、そんなものをずっと作っていくのは簡単なことではないとも思うけど。今回もすごい大変だったし。途中で辞めようと思ったくらいだから(笑)
ー 絶対に次回も同じように大変だと思いますよ(笑)
T:まぁでもねぇ、実はそんな大変な思いするのも嫌いじゃないんだよね。筋トレみたいなものだと思う。結果が着いて来た時の喜びは何ものにも代え難いし。レコーディングに入る前、「キツイ思いすんのかなぁ」って思ってるんだけど「フフッ」ってちょっと笑う、みたいな(笑)。どんだけキツイ思いすんのかな、どんだけ挑戦できるかな、って思いはものづくりも一緒。それに当たって色々勉強したり、挫折したり、そういうのって辛いじゃない?
ー そうですね。
T:でもそういった中で得たものっていうのは何にも代えられない経験値になるから。今回もそうだったし。8万円で売ってもいいくらいの苦労したから(笑)。でもいずれにせよ、毎度そんなに数作れないから、気になった人は買っておいた方が良いです。
ー 我々は買い逃したものに後々プレミアが付く経験をいっぱいしてますもんね.... Egawaさんからはインタビューの読者、Phantom fxのことが気になっている人に向けて何かありますか?
E:僕はPhantom fxに携わっている側ですが、そんな僕でもPhantom fxの復活は嬉しいので、僕も買いたいですって感じです(笑)
ー 戸高さん、早速1台売れそうです。
T:いや、ダマで自分の分を組めよっていう(笑)
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