CULT Original Pedals “Behind The Creation” Pt.2
CULTオリジナル・ペダルの第一弾は、2022年5月に発売されたオーバードライブ・ペダル“Ray”。クラシックな名作ペダルに勝るとも劣らない心地よいドライブとコンプレッションを持ちつつ、クラシック・ペダルにはない音の速さ、充実した低域、余裕のある音量を持つ、現代の傑作オーバードライブだ。“Ray”はいかにして生まれたのか? ここでは、その開発ストーリーを追う。
Part 2:“Ray”
好きな素子を好きな回路で歪ませたら
絶対に“好きな音になる”という
シンプルな考えからRayを開発しました
──細川さんはファズに対する造詣が深い事でも有名ですが、CULTオリジナル・ペダルの第一弾であるRayはオーバードライブ・ペダルでした。その理由を教えてください。
細川雄一郎(以下、YH):まず、オーバードライブの設計に関して、まだ誰もやったことのないアイデアを持っていたこと。それからCULTのオリジナル・ペダルは継続してリリースしていきたいという思いがあり、そのためには最初のモデルである程度の売り上げが必要だったということ。ファズよりもオーバードライブのほうが市場のニーズが大きいことはわかっていたので、第一弾にはオーバードライブが良いと考えました。あとは単純に、僕はファズだけでなくオーバードライブも大好きだということもありますね。
──誰もやった事がないアイデアというと、具体的には?
YH:歪ませるための素子に関するアイデアですね。
──少し説明をお願いします。
YH:歪みを作る“クリッピング”に関して、僕の考えたやり方でペダルを作っている人が知る限りでいなかったんです。でも絶対いい音がするという確信がありました。実際に“Ray”のクリッピングで使っている凄く音の良い素子があるんですけど、これまではあまり使われていなくて。それが使われていたとしても何かと組み合わせる形で使用されていたんですね。その素子の歪みを活かして、余計なものは極力排除しようと考えたのが“Ray”の元になるアイデアです。“Ray”はその素子を、オペアンプの負帰還に付けた、いわゆる“ソフト・クリッピング”で歪ませています。ちなみにソフト・クリッピングはTSやOD-1で採用されていて、ハード・クリッピングはRATやDistortion +で採用されている回路です。ソフト・クリッピングは、適度なコンプ感やオーバードライブらしい王道の歪み方を作れるので、僕は好きなんですよ。好きな素子を好きな回路で歪ませたら、絶対に好きな音になるというシンプルな考えから“Ray”の開発は始まりました。他のパーツは、この歪みの音を活かすという視点で選んでいます。
──他のパーツとは、例えばどんなものですか?
YH:オペアンプは、アナログ・デバイセズのOP270です。オーディオ用のパーツで、めちゃくちゃ音がハイファイですし、タッチレスポンスも非常に良いです。先の素子の歪みを邪魔しないという点も優れていますが、価格もムカつくくらい高いです。
──どのくらいなんでしょう?
YH:量販品の一般的なオーバードライブに搭載されているオペアンプの200倍くらいですね。
──Part 1の筐体の原価の話といい、これといい、「CULTは儲かるのか?」と心配になりますね……。話を戻しまして、“Ray”の音は非常にレスポンスが速いと感じているのですが、その理由はオペアンプですか?
YH:それだけではないですが、確実に影響していると思います。
──他にこだわっている点は?
YH:抵抗の定格ですね。僕はでかい抵抗の音が大好きなんですよ。“Ray”では、すべて1/2Wの抵抗を使っています。小さい抵抗だけで作るのと大きい抵抗だけで作るのでは、音の“スケール感”が違うんですよ。例えば低音が出るとか高音が綺麗だとかいうことではなく、スケール感がエフェクターらしくなくなる。逆に、1/4Wなどの定格の小さい抵抗ばかり使っていると、いかにもエフェクターっぽい音になったります。
──なるほど。最初にRayのプロトタイプを目にした時に、スーパー・モダンな音を想像したんです。実際に弾くと、良い意味でそうでもないというか。音の速さやレンジ感はモダン・ペダルのそれですが、オーバードライブ・ペダルの名作が持つ普遍的な味わいもありますよね。そこのバランスは意識したところなんですか?
YH:設計当初の考えとしては、モダンに全振りでした。でも試作品を弾いた時に「案外クラシックだな」と感じたんですよね。でも、それが良かったので残したんです。結果として、このバランスになったということですね。もともとモダンなオーバードライブ・ペダルをイメージしていたので、ハイ上がりの音のほうが当初のビジョンには近いんです。ただ、その状態だと合わないアンプが出てきてしまうのでトレブル・コントロールは抑える方向で働くように調整しました。
──コントロールが非常に扱いやすいのも“Ray”の特徴で、各コントロールの効きが良い、しかしどう扱っても破綻しないと感じています。話に出たトレブルは、“Ray”らしい解像度の高さに関係していると思いました。
YH:そうですね。例えるとすれば、上げた状態だと解像度が高くて、下げるとフィルターされて解像度が落ちるという動き方です。
──ベース・コントロールについてはいかがですか?
YH:世の中、4ノブのエフェクターはたくさんあるんですが、皆さんのセッティングを見る限り、ベース・コントロールの位置って大概決まっているんですよ。それは、上げると音が潰れて使えないので、積極的にいじれないからだと思うんです。でも僕は、低域が出ているエフェクターが好きなんですよ。好きな低域が出ていて、なおかつ潰れない、破綻しないようなコントロールを考えた時に、絶対ベース・コントロールはアクティブにしようと思いました。ちなみにトレブルはパッシブです。ベースはゼロの位置でブーストは0db、そこから上げていくだけのコントロールになっています。設計を手伝ってくれている友達と、“僕が好きなベースはどこなんだ問題”をやったんですけど……たしか157Hzだったかな、小数点2桁くらいまで数値を追い込んで、Qもちょうど1.0だったかな、それくらい細かいところまで計測器で測って、それを再現するための回路として作ったのがこのベース・コントロールです。僕が意図している部分を、意図しているQで上げていくコントロールになっています。
──ベース・コントロールの話、アツいですね。そういえば細川さんは、元々ベーシストでした(笑)。このベース・コントロールは、上げてもゲイン量に大きく影響しないのが使いやすいですよね。
YH:3コントロールのドライブ・ペダルで少しベースが足りないなという時に、アンプのEQを上げるといい音になるじゃないですか。そういう感覚で使いたかったんです。そのためには最終段でアクティブ・コントロールできるのがベストで、“Ray”の試作ができる前からそういう回路にしようと決めていました。
──ではゲインに干渉しないのは狙いどおりですね。
YH:完全にそうです。
──ボリューム・コントロールに関しては、余裕があって使いやすいです。歪みペダルで踏んだ時に音量がしっかり上がってくれないと、気持ちが上がらないので。
YH:“Ray”のボリュームはやたら上がる設計になっています。ボリュームについては、“Ray”のボリュームを上げた時に、後段につないだペダルが歪むとか、歪まない他のペダルの音量もやたらに上がるとか、他の機材に対して相乗効果が起こるコントロールですよね。そこに何かが生まれるので、そういった余地を作っておきたかったし、僕が意図しないくらいに上がってほしいと思っていました。
──確かに。そこが“Ray”の好きなところのひとつです。ドライブは、めちゃくちゃゲインが高い訳ではないんですが、オーバードライブのコントロールとしては十分に守備範囲が広いと感じました。
YH:ドライブに関しては、歪みの幅が広ければ広いほど良いと考えていました。“Ray”はCULTの最初のペダルで、この売上が大きくないと、その後のペダル開発を続けられなくなってしまいます。売上に関係してくるのがドライブの幅で、良い例がフルトーンの“OCD”ですよね。あれは歪み量の幅がすごく広いじゃないですか。だからヒットしたと僕は思っています。あれぐらいの歪み量があるといいなと思ったんですが、正直なところ、“Ray”はこれ以上歪みの量を上げると意図した音にならないし、発振もしやすくなるんです。僕が意図している中で、最大の歪み量がこれなんです。
──実際に、皆さんはどのくらいの歪み量で使っているんでしょうか? 使用者からのフィードバックはありますか?
YH:それでいうと、皆さん、大きくは上げていないですね。“Ray”はTSなどのオーバードライブよりも歪み量が多いですし、皆さん上げずに使っているということは歪み量に関して満足してくれているということだと思うので、歪み量の幅は結果的にこれで良かったと思っています。
──推奨するセッティングはありますか?
YH:推奨できるポイントが多いのも“Ray”の特徴なんですが、個人的にはトレブルは上げめで3時前後に設定、ドライブ・コントロールは下げると低音が減るし、上げると低音が上がってくるので、その兼ね合いを見ながら好みの歪み量で使っていただき、最後に歪みに干渉しないベースを調整するのが、推奨できる一例ですね。
──私は、トレブルを上げ目にしたセッティングが好きですね。それによってハムバッカーでも低音が団子にならずコードがクリアに鳴るし、ハムのフロントで弾いても巻弦のプリプリ感が出ます。シングルコイルで弾いて音がいいオーバードライブはいろいろとありますが、ハムバッカーでこんなに良いオーバードライブは他にないというのが私の感想で、ハムで“Ray”は強く推したいですね。もちろんシングルで最高なのは言うまでもないんですが。
YH:“Ray”は、出力の高いギターを使うとクリーンの音が混ざったように聞こえるんですね。それはコードの分離感とか、スピード感に関係していて、ハムでしか得られない効果だと思います。
──そこは、“Ray”に限らず、CULTのオリジナル・ペダルに共通する特徴なのかと思うのですが。
YH:共通の特徴を作ろうとはしていませんが、“Tempest”も確かにそうですね。
──最後に、“Ray”という名前の由来は?
YH:いろいろと考えられますよね。ゼロ戦の翼の素材である“超々ジュラルミン”を使っていることからゼロとレイの共通点だとか、ミュージシャンの名前でRayの文字が入っている人が多いのでそういう音を目指したのかなとか、“Jan Ray”の回路をパクったのかなとか(笑)、LEDとカバーの青と赤は綾波レイ・カラーだなとか、実は名前の似ているRatっぽいのかとか、音としては明るい音を目指していたので光線を意味する“Ray”ともマッチしているなとか……。手にする人が「どうして?」と思う名前を付けたかったし、何かを考えてほしかったというのはあります。例えば「●●オーバードライヴ」とかのわかりやすくて、いかにもペダルっぽい、楽器っぽい名前にはしたくなかったんです。世の中、なんでも考えない方向になっているじゃないですか。文章もAIが書いたとか、映画を観るのも切り貼りしたものをネットで済ませるとか。そうしたものに対するアンチテーゼとして、手にした製品から何かを考えてほしかったんです。
──名前の付け方、Part 1の裏蓋を開ける・開けないという話、そして先ほどのボリューム・コントロールに余地を残しておく話もそうで、手にした人に何かをさせようとしていますよね。
YH:そうかもしれないですね。
──使い手の余白を残したまま、「どうぞ使ってみて」と渡している気がします。
YH:そうですね。まぁ、基本的には道具だと思っていないので。
──それはどういう意味ですか?
YH:使う人間と相互の関係が欲しいんです。例えば、家具、食器、衣類や時計などは、道具でありながら美術品としてもとらえられますよね。見方が変われば意味も変わるし、関係も変わります。使う人間と使われるペダルの相互の関係があるものを作りたかった。これはビジネスであってビジネスではないし、皆が求めているオーバードライブを作ったわけではないんです。僕が世に出したいと思うものを、作りました。
──……まさに、人生が詰まったペダルですね。
YH:そういう意味では、味わい深いかもしれません(笑)。